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英語ネタ、音楽ネタ、その他諸々雑記にて。英語ネタでは英検やGTECのライティングを中心に投稿。

お寺で宗教を感じたとき

私にとっての身近なお寺さん、というとご先祖様のお墓のあるお寺さんです。お盆やお義父さまの命日には毎年お坊さんがお経をあげに家に来てくれます。お盆の時は、お寺さんも相当忙しいのでしょう。お経が死ぬほど短いです(笑)。家族の間では「やっつけ読経」と命名しています。5分もないね。体感2分30秒くらいかな。足が痺れるだいぶ前に終わります。

 

近所にも、結構立派なお寺さんがあります。地域のイベント拠点のようになっており、とても栄えております。寺子屋のように、無料の空手教室やら塾やらをやっているようです。門もいつも空いており、子供がよく庭で遊んでいます。夕方になると鐘をついてくれますが、これもその時間にお寺に行けば誰でもつかせてもらえます。たまに、コ~~ン…と小さな鐘の音がした時は「どこのチビッ子がついたのかな?」と思います。

 

現代のお寺さんとの繋がりは、みなさん大体こんな感じでしょうか。家のお寺の「墓参りに行く」とか、そこで「お経をよんでもらう」とか、近所の寺で、イベント?に参加する、とか。まあ、生活の一部といいますか。私としては、特にそこに宗教を感じたことはありません。

 

基本、無宗教の人が多い日本。私も無宗教です。強いて言うなら「神道」の考え方に共感する部分がある、といったくらいでしょうか。どこかのたった一人の「神」がこの世界を全部作ったよ、という一神教の考えには全く共感できないので、自然全てが神様だよね的なアイデアをもつ神道の方が納得しやすい、という感じです。宗教って「絶対的な何か」というより「生きている人が道に迷わないように示される教え」だろうと思っていますし。

 

昔、アメリカで地域の教会の礼拝(なのかな?名前はよく分からないけど)に参加したことがあります。神父さん(なのかな?)がマイクをもって、説教をしてくれるのですが、めっちゃ盛り上がっていたのを覚えています。その頃、英語がイマイチだったのでほぼ理解することはできませんでしたが、とにかくキリスト教の話をして盛り上がっていることは分かりました。聞いている方も、神父さんに呼応するように声を出したりします。なんか、コンサートに参加しているようなイメージです。

 

お説教のあとは、お庭でお茶を飲むような会がありました。その時ホームステイしていたおばちゃんの知り合いとお話したりしたのですが、場所が教会ですから、もちろんキリスト教の話になるわけです。「キリスト教のこと信じてる?」ってどストレートな質問されたのですけど(笑)、「信じてるよ~」というのも違うし、黙ってるのもやだな~と思ったので、率直に「宗教って、結局全て同じだと思うんだよね。生きていくための指針というか。」的なことを言いました。

 

キリスト教の人の前で、よーそんなこと言ったわ!と今は思います。

 

私の返答に、一言「もう少しキリスト教のこと勉強したほうがいいよ」というお言葉が返ってきました。その時のお相手の厳しい眼差しを今でも覚えております。別に怒っているわけではないのでしょうが、相手にとっては「キリスト教」と「他の宗教」は全く違うのだから、それを分かっていないのを正したい、という思いだったのだと思います。

「そうか…。真剣に、キリストがいたと思っている人が、本当にいるのだ…。」

と実感しました。

 

自らの宗教を持っている人に、反対意見を述べる気持ちは全くありません。でも、たとえば経典、聖書、コーラン、の内容の「ここが真実!」と思える境地には私はおそらくたどり着かないだろうなと思います。しっかり読み解けば、勉強すれば、その真実に気づくのかもしれない、という気持ちはありますが、そもそも、違う神様を唯一の神だと言う団体が複数ある、という段階でややこしすぎる。

 

こんな、宗教にはほぼ無頓着、という私ですがお寺でビビビッ!!!と神のようなものを感じたことがあります。(神っていうか、神じゃないんだけど。)

 

お正月に、長谷寺(奈良)に行った時です。お正月には普通「神社」に行くものなので、「お寺」は結構すいています。長谷寺は名の知れたお寺ですが、お正月(1日だったか2日だったか忘れたけど)はやはり空いていました。因みに、拝観料は無料でした。普段は大人1人500円かかりますが、お正月は無料だそうです。お正月に訪れる穴場に認定したいくらいです。

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着物でお参りしてる女の子もいました。可愛い。

  

この長谷寺に朝10時くらいに訪れたんです。ちょうどお寺の朝のお務め(か、新年の法要)をしていました。何人ものお坊さんの読経の重なり合ってうねる声、お腹にズンズン響く太鼓の音、護摩木をたく煙、そこはもういきなり異世界でした…。そしてその厳かな空気の中で上を仰げば、そこにはそびえ立つような古びた金色の11面観音像。ひえ~~~~~~~。です。

本当に。

いくら無宗教とは言え、これが宗教ってもんか!!!と思わざるをえんくらいの圧。有無を言わさぬ力で腹の中にパワーを注入されるような感覚。うん。神様(仏様)の存在を感じるのが分かる気がする。と素直に思いました。宗教の根源ってきっとこういうこと。なんか分からんけど圧倒される力に出会うということか、と思いました。(もちろん、教えから入る宗教もあると思います)

 

そして、このビンビン感じるパワーの源は音楽なんだよな、とも思いました。空気を震わせて伝わってくる音、ハーモニー、リズム、体の中で何かを巻き起こしているのは、この「音」たちなんだろうと思いました。特に、大きなお寺の立派な法要は、言うなれば超プロの演奏のようなものなんだと実感。いつものお寺さんがアマオケなら長谷寺はベルリン・フィルなんです。あわわわわ…ってなるってもんです。

 

その後、仏教に傾倒するということは特にはありませんでしたが、まるで魂が浄化されるような震えるような気持になったことは忘れられません。薬師寺のように、お坊さんが興味深い話をしてくれるのも面白いと思いますが、こういった、体で感じるお寺参拝もなかなかだなーと思います。いつか大きなお寺に訪れることがあったら、法要タイムを狙ってみてください。お寺さんによってシステムが違うと思いますが、なかにはみんなの見える場所で法要をしているお寺さんもありますので^^。