English+Music

英語ネタ、音楽ネタ、その他諸々雑記にて。英語ネタでは英検やGTECのライティングを中心に投稿。

近しい人との距離感

私は普段、あまり旦那と話をしません。二人でいても、シーンとしていたりします。傍から見るとかなりサムーイ感じに見えるかもしれませんが

「二人で居てのシ~ン…」

は全然苦ではありません。話したいことがあれば話す。無ければ話さない。二人でいると特に話したいことがワンサカ出てくるわけではないのでシーンとしている時間が長い。ただそれだけ。

 

私は元来、人がする事に対して何か意見するという気がありません。相手が何をしていても「好きにしたら良いよ~。」の人です。なので、旦那に対して「なんで、こういう風にしてくれないの?」と思うことが、ほぼありません。

 

旦那の趣味は、野球とかゴルフとか。土日は全然家に居ませんが、いつも「行っといで~」です。飲みに行くのも、いつでも「行っといで~」。誰と飲むの?どこで飲むの?何時に帰るの?も特には聞きません。最終的に家にちゃんと帰って来れるのなら良いのです。最近では、娘がうるさく聞いている。「誰と飲みに行くの?」「また??」娘の方がよっぽど嫁っぽい。

 

旦那は最近転職しました。「今の会社辞めたい」と最初に聞いた時はビックリしました。えええ!!!これから子供に滅茶苦茶お金がかかる時期に差し掛かりますけど?!という時でしたから。でも、話を聞いていみると、今の会社には未来がない、自分の将来が見えない、と。確かに、ずっと新入社員の入ってこない、お世話になった先輩方が全員辞めている、会社。その気持ちは分からないでもない。それでも、給料は普通に入ってきていましたので、そこを辞めるとなるととても不安でした。次の会社があるのかい?と思いましたし。でも、最終的には、やっぱり「好きにしたらいいよ~。」と思いました。旦那は私と娘の安心とか幸せの為に生きてるわけじゃない。自分の幸せを追い求めていいはずだ。それに、会社で旦那がどういう立場でどういう仕事をし何を思うのか、その場にいない私には分からない。判断は任せるよりほかない。と思ったから。結果、転職して、今の方がイキイキして見えますので、良かったんじゃないかなと思います。

 

旦那は最近、バイクを買いました。急に買ってきました。かなり高額でした。さすがに怒りました。どういうつもりやねん!!!そもそも、バイクの免許を取ることもあまり賛成ではありませんでした。これも最近急に取ったのです。でも、バイクの代金はこれからのお小遣いから払う、との事。そうやって考えているならまあ良いか。。。バイクに乗ること自体、事故に遭わないか心配なので辞めてほしい気持ちはあるのだけど、私の安心のために旦那に やりたい事やらせないっていう権利はないよねーと、思うのです。生きているうちにやってみたい!って事は全部やって死んでいってほしいのです。天気の良い日にはウキウキとツーリングに出かけて行く旦那を見てると、うんうん、人生楽しんでるな、と嬉しくなるので、バイクを買って良かったんだろうなと思います。

 

旦那は私と一番近しい距離にいる家族ですが、お互いこれくらいの距離感です。家族とは言え、一人の人間同士なので、これくらいの自由の権利はあるだろうと思っています。もちろん自分に対する自由についても同じ思いです。超インドアな私に「こんないい天気なのに!外行ったら?日に当たったら?」とたまに旦那が言うけど、どうぞ、お気になさらずに!!!私は私のご機嫌な時間を過ごしているんだ。その自由をあなたにとやかく言われる覚えはないのだよ。

 

二人の共通の趣味はクラシック音楽を聴くことくらいですが、特に二人で同じ曲を聴いたり、コンサートに行く時間を設ける、といった事はしません。ちょうど、お互い、これイイね!と同じ曲を聴いて思ったらそこで話が盛り上がったり、このコンサートは行きたいね!とお互いが思ったら時間をともにするくらいでしょうか。

 

もしかしたら、一緒にあちこち出かけて喜んでくれるパートナーの方が嬉しいなあ、と旦那は思っているかもしれないけれど、ごめんなさい、そういうパートナーにはなれません。自発的に「行ってみたい!」と思ったら行くけれど、旦那の趣味に付き合うために出かけるという選択肢は私の中にはありません。もし「一緒になんでもしてくれるパートナー希望!」という思いがドンドン強まるのであれば、その時はしょうがないですね。妻の座を降りましょう。それを想像するとちょっと悲しいですけど。でも、そうなった時はきっとそうするでしょうね。

 

こんな風なので、たまにママ友には「どんな夫婦やねん?!」と突っ込まれますが、自分では自由でいい関係だなぁと思っています。「旦那、早く死なんかなー」とかも全然思いません。結構、旦那が死んだ後の自由な生活を夢見ているママ友たちがいるけれど(もちろん冗談交じり)。私は冗談でもそういう言葉は出てこない。今がもう十分自由なので。自分の自由のために旦那に死んでもらう必要はないのです。

  

なんだか、達観してるなーみたいな事を言っていますが、こんな風になったのは最近です。15年くらいかけて絶妙な距離感に仕上がってきたという感じです。子供が小さい時なんてそれはもうグッチャグチャでした。いくら元来「好きにしていいよ~」という人間だとしても、自分のキャパを超えてあれこれ起こっている最中には、そんな事は言ってられないのです。それに、自分もまだまだ子供でした。旦那を一人の人間としては見ていなかった気がします。親に甘えるように接し、旦那は自分のために色々な事をしてくれる人だと思っていました。恐ろしく険悪になった事も一度や二度ではありませんでした。真剣に離婚を切り出されたことすらあります。

 

「あんたは重荷でしかないから、とにかく子供を置いて家から出て行ってくれ。」

 

このセリフ。そしてあの時の旦那の真剣な、そして私への嫌悪感でいっぱいの顔。今思い返しても背筋が凍ります。とても重い言葉でした。「子供を連れて出て行ってくれ」なら出て行ってたかもしれないな。と思います。でも「子供を置いて」出て行く事は私には絶対に出来ませんでした。あの日から、少しずつ修正を重ねて、旦那を一人の人間として見る、という本来当たり前の前提にやっと最近たどり着いたなと思います。そして、自分の事をちゃんと伝える、という事も怠らないようになりました。「やだな」と思う事はすぐに伝える。改善してもらえそうならしてもらう。それをするのに相手になんらかの理由があるなら聞く。そして、改善できないなら、私が嫌な気持ちにならないためにはどうしたら良いのかな、と考える。「嬉しいな」という事もすぐに伝える。ご飯を作ってくれた時とかね!

 

信頼を壊してしまってから、それを再構築するのには、恐ろしく長い時間がかかりました。少なくとも5年は、相手の中に私への不信感があったと思います。それでも、何とかそこは我慢しながら、再構築への道を一緒に歩んでくれたことは、本当に有難いなあと思います。この2-3年、なんとかスタートラインに戻ってきた気がしております。ですので、同じ過ちは繰り返さないよう「お互いを尊重しているような空間」で居られるよう心を配っていきたいな。と今は思っています。

 

年を取ってくると、また最適の距離感は変わってくるとは思いますが、またその都度、その都度よい距離感を探りながら。一緒に歩いて行けるといいな。せっかくお互い選び選ばれ、一番近くで過ごすことになった間柄ですからね。

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