English+Music

英語ネタ、音楽ネタ、その他諸々雑記にて。

大学受験の思い出

もうすぐセンター試験ですね。受験生の皆様、体調にはくれぐれも気をつけて、テストを迎えて下さいね。

 

私がセンター試験を受けたのは四半世紀以上前です。(あー。文字にすると凄いな。四半世紀以上前かぁ…。)センターの日は雪が降っておりました。(この時期の試験、やめたらどう?と思いますよね。)雪が降っていたけど、無事に会場に辿り着き、具合が悪くなることもなく、最後までテストを受けて帰ってこられました。まず、これがとても大切ですよね。ちゃんと試験会場に元気に行って帰ってくる!これは、しっかりクリアできました。

 

テストの出来はというと、まあ、全く芳しくありませんでした。でもこれは受ける前から分かってたよね。と、今は思います。だってそのくらいの点数を取るくらいしか出来るようになってなかったもんね。センター前後に私立の試験がありましたが、全て落ちました。ですよね~。と、今は思います(笑)。今はどうか分かりませんが、あの頃は「私立に行く人はそれに特化した勉強」というものを必死でやっていました。かなりマニアックな問題を教科を絞って取り組んでいました。私はというと、何か武器になるような教科がまるでなく、五教科をまんべんなくやった方がナンボかマシだろうという状況でしたので国立を目指して勉強していたわけです。「私立は余裕で通るので国立を狙っている」という人々とは違う世界にいたんですよね。そりゃ、私立は落ちるに決まってるのです。

 

センター前後のあの冬の様子は今でもよく覚えています。家の和室にコタツを置いて、1日中勉強していました。といっても効率はすこぶる悪いし、全て自己流でした。塾に行けよ!という気がしますが、私は「誰かに習って分かるようになったこと」ってほとんどないんですよね。夏に大手予備校の夏期講習を受けに東京まで出ていって1週間ほど受けましたが、全く何も得るものなく帰ってきたくらいです。受験前に塾で教わろう!という気にはならなかったのです。

 

たまに学校に行って自習する。その頃、学校にはほとんどみんな来てなくて、友達にもほとんど会わない。家に帰ってきたら和室にこもる。どこからどうみても健全な状況ではありません(笑)。あの頃は幻聴が聞こえておりました←。声が聞こえるわけではなく、何か音楽が流れてるんですよね頭の中で。ずっと。何の音楽かは分からないのですが、何かが頭の中でずっと流れているのです。非常に鬱陶しかったです。

 

その頃、突然親が私がずっと欲しがっていたCDプレーヤー(豪華なやつ)を買ってくれました。何かを買い与えて私を勇気づけようという育て方をする親ではなかったのでビックリしました。勉強に関しては小さい頃から一切口を出さない親でした。放任というよりは、自分達は勉強の事はよく分からないのでお任せします。という感じでした。なので、良い成績をとろうがとるまいが、どこの大学を目指そうが、特に何も言わないというスタンスだったんです。その母が急にCDプレーヤーを買ってきて「頭の中で音が聞こえるんだったら、実際に音楽流しちゃえばそれが聞こえなくなるんじゃない?」と言うんです。ああ。なるほど。と、勉強中に音楽を流すようになりました。しかし、いつも何も言わない親から見ても、私の状況はかなり悲惨だったんでしょうなぁ…。ご心配おかけしました。。。

 

センターの結果から、最終的にどこの大学のどの学部、学科を受けるのか決める時がやってきました。私は言語に興味があったので外国語学部で西洋のメジャーな言語の学科に入れたらいいなぁと思っていたのですが、センターの点数が全然足りていなかったので、ガーーーーっとレベルを落としてアジアのマイナー言語の学科を受けることに決めました。(同じ大学でも学科によってレベルが雲泥の差でした。)言語を勉強するという事に違いはないだろうからね。と結構あっさり決めました。(先生には、それでいいのか!?!と詰め寄られましたけど)。

 

二次試験の日も雪でした。(もー!)。二次試験の時はもう本当に崖っぷち。私立は全部落ちてますし、それこそ、脳細胞の全てを総動員して何とかしなくてはならぬ状態でした。テスト中に知恵熱を出しているのではないか?というくらい頭が熱を帯びていました。二次試験は英語と小論文。英語は、全然ダメだった……………。という記憶しかありません。特に英作文が全然書けなくて(涙)。いや、書きましたよ。何でもいいからとにかく埋めました。でも、自分で分かるくらい、しょーもない英語だったんです。これは本当に落ちるかも。と覚悟しました。

 

しかし、小論文でミラクルがおきました。一度、練習で書いたことのある「お題」に酷似した問題だったのです。そりゃあ、スラスラ書けました。おそらく満点解答です。だって、このお題で書いた小論文は現国の先生に添削してもらったとおりに書いたんですから。私は、塾などには行きませんでしたが、英語の作文と小論文の添削だけは学校の先生にマメにみてもらっていました。だって、この二つは自分一人では自分の間違いが見抜けないから。

 

私の受験では、英語が一番重要な教科でしたので、英作文は頑張らないとなと思って先生の所に添削をしてもらいに行っていました。でも、先生が全然やる気が無くて…←。いや、分かります。だって、普段の業務だけで大変なんだから。私以外にも色んな生徒があれやこれや質問に来ていたでしょうし。とにかく、ものすごくテキトーに添削するんです。「私の文だと、どこがダメなんですか?」と聞いても「そういう風には言わないから。」というばかり。模範解答が正しいのは分かるんです。でも、私の文のどこが間違ってて、どこを訂正すれば「可」になって、どう書けば「良」になるのかを知りたいのだけど、それに関しては何の提案もなし…。先生としては、それはもう授業で言っただろ!!という事だったのかもしれません。家庭教師でもないんだし、そこまで懇切丁寧にやるギリもなかったでしょう。もちろん、英作文の実力は全く伸びませんでした。

 

それに対して現国の先生の丁寧だった事!!今でも、本当に感謝しています。年は、30代だったのかなぁ、いつも汗かいてて、説明が熱すぎて(笑)、ほとんどの女子生徒に嫌われてたけど、私は大好きだったなぁ。私が持っていく小論文もいつも懇切丁寧に添削してくれて、どこが悪いのか、どうすれば良くなるのか、熱く語ってくれました。その先生と一緒に取り組んだ小論文、しかも先生の熱い添削済み、の問題が二次試験で出たのです。ミラクルとしか言えません!

 

テスト後、現国の先生の所に行き、こんな問題がでて、こんな風に書いた!と報告すると「よし!!大丈夫!!いける!!」と喜んでくれたのを今でも覚えています。先生、本当に有難う。国語の先生のおかげで、無事合格したようなもんです。合格の事を知らせに英語の先生の所にも一応行きましたが「え!!!?合格したの!!!?」という顔丸出しだった(さすがに口には出さなかった)のを覚えてます。先生からしたら、こいつ全然ダメだわ、っていう区分に私は分類されてたんでしょうねぇ。教えても無駄、ってことであんなに雑な指導だったんでしょうかね?

 

今振り返って思うのは、恐らくかなりの実力不足だったけどあの大学に入れたのは、なんかやっぱり縁のようなものがあったんだろうなぁという事です。もちろん、自分なりにやる事はやった結果なんだけど、縁というか運がそこへ導いてくれた、としか思えないんですよね。あの時も、その後も、色々な節目でジタバタしてきたわけですが、うん、なんか行くべき方に連れて行ってもらえる、って気がしています。もし、浪人してたとしても、高卒で働いてたとしても、きっとそれが私の行く道だったんだろうなと思います。大学に行ったから凄い良い事が起こった!というわけでも全くないし。

 

だから大丈夫だぁ。

ちゃんと道は続いていく。

どんな分かれ道で取捨選択を迫られても、そのたびに、導かれるものがあるからね。

 

って話を娘の受験の時には熱く語ってあげようと思うのだけど、多分「あーはいはい」ってあんまり聞いてもらえないんだろうなぁー!

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