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英語ネタ、音楽ネタ、その他諸々雑記にて。英語ネタでは英検やGTECのライティングを中心に投稿。

ボーダーあり

私はあまり人をジャッジしません。

「この人はダメな人」「この人は良い人」とジャッジをあまりしないということです。

人それぞれ、その人の好きなように生きたらいいと思っています。もちろんその生き方が犯罪レベルの行為を含む、人を著しく傷つける、周りに恐ろしく迷惑をかける場合は良いわけないですが、「人間、こういう風に生きるべきだ」とか「こういう風にすると良い人生になるはずだ」とか、そういう概念は頭の中にありません。

 

年をとるとそんな風に考えるようになる人も多いと思いますが、私の場合小さい頃からずっとこうです。小学校の頃、部活の部長をしていたのですが、1個下の学年の部長に決まった子が「部長はやだ」って私に言ってきたんです。その時も1秒で「そっかー。じゃあ、先生に部長はイヤです、って言ったらいいよ。」と答えました。その子は先生に言いに行ったのですが、先生が困ってしまって「ヨーコちゃんに相談してごらん。」と言ったそうです。すでに相談済みでした(笑)。が、先生は私がそんな対応をするとは思っていなかったようです。部長としての役割がいかに大切か、とか、部長をした方が良いよ、とか、大丈夫できるよ、とか言うと思ったんでしょうね。そんな思考回路はあの頃から私の頭の中には全く無いです。

 

あなたの事ジャッジしませんよ。という空気が出ているのか、人から相談されることが多いです。大事な決断を打ち明けられたりしますが、その場合も「良いと思うよ。あなたの人生なんだからあなたの思うとおりしたら良いよ!」という言葉をおくります。

「仕事辞めようと思うんだよね。」

「離婚しようと思うんだよね。」

「20歳年下の子と付き合おうと思うんだよね。」

うん。良いと思う。自分で考えて出した決断なんだから、その道の先に何があろうとも、その道を進んでみたら良いと思う。と心の底から思うからです。

 

こういった「もう自分で決めている。ただその決断に自信がない。」という相談の場合は、こんな風に「よーし、行ってこーい!!」とバーンと背中を押してあげるわけです。

 

ですが、「私は悪くないよね?と同意を求めてくる人」には困ってしまいます。相談をしてきているフリをして同意を求めているだけの人。

「〇〇さんに△△されて、私本当にしんどいです。私が悪いんですか?私間違ってます?私間違ってないですよね?」

リアルにこういったセリフを言ってくる人はまだ良いです。分かりやすい。清々しくさえある。

 

でも、中には腹にこういう考えを持っていながら、あなたのアドバイスが欲しいの、助けて欲しいの、というスタンスで相談を持ちかけてくる人がいます。そういう場合、真剣に聞いた挙句、あれ、ただ自分に同意して欲しいだけだった?となり、ドッと疲れます。

 

私の「人をジャッジしない」という性質上、こういう「同意」は全く出来ません。そして自分の思いと裏腹に「本当だね」と同意すると気分が悪くなってくるし、同意しなかったら相手がすごく嫌な気持ちになるだろうなーということも分かっています。どちらに転んでも苦しい状況です。

 

私の「ジャッジしない精神」を浅く知る友達は、「こんなグチグチした話も、バカじゃないの?とジャッジせずに優しく聞いてくれそう」と思うようです。しかしそれは半分正解で半分不正解です。なぜなら、私の「ジャッジしない精神」は、私の友達にだけ及んでいるわけでは無いからです。

 

まず、こういった話をされて私の頭に思い浮かぶのは

「相手の話も聞かないと何とも言えない。」

です。

 

一方から話を聞いて「それは相手が悪いね。」とジャッジする事は基本出来ないのです。相手を知っていれば予想がつくので「それは酷いね。」と言える場合もありますが、知らない人の事を言われて「ひどくないですか?」と言われても、はあ、まあ、あなたから聞く限りは酷いですけど、相手の意見とか、そこに至るまでの背景とか客観的に分からないんで何とも言えません。というのが私の反応です。

 

私の友達なんだから私の味方してくれるでしょ?って思われていると思うのですが、私の思考回路にそういうルートはありません。

 

でも、じゃあ、こういう同意を求めてくるような人たちはダメ人間だ!と切り捨てるのかというと、そういう風にもなりません。

「ただぶちまけたいだけなんです。吐き出さないとやってられないんです。」

そういう気持ちは分かるし、そういう事をしてバランスを保つという手段もあると思うからです。そしてそれを選んでやっているその人の行動にイチャモンをつける気はサラサラないのです。

 

数年前までは、こういう状況にどう対処したものか分からず苦しんでおりました。

だって、この手の相談をされた時に、私の頭の中での整合性をとるのがとても大変だからです。受け入れられないけど、切り捨てられない。のですから。そういった相談をされると、どんな対応を取ったとしても、数日間苦しんだものです。同意すればムカムカ。しなければ「あんな風に言わなくても良かったよなー。嫌な気持ちになったろうなー。」となるのです。

 

こういう事に、最近では上手に境界線を引けるようになりました。

「ボーダーあり事案」として処理するのです。

この手の話にはしっかり境界線をひいて首を突っ込まないということです。

 

まず、サシで相談を受けることは絶対にしないようにしています。相談されると何だか距離が縮まった気がして嬉しい、頼りにされているようで嬉しい、という気持ちになるのですが、私の場合、その気持ちより後で受けるダメージの方が大きいのですからやめた方が良いのです。相談、という形ではなく話の流れでそうなった場合も「多分その手の話、上手に聞けないわ~。ごめんね。」と言える相手にはそう宣言します。言えない相手の場合、話題をサッと変えます。どちらにせよ、そういう対応をされると相手はちょっと悲しいか腹立つかするかもしれないのですが、後で私に同意してもらえず真正面からいきなりブッタ斬られるような状況になるよりは全然傷は浅いですので、我慢してもらいます。これで、疎遠になるような事がある相手であればそこで縁が切れても良いとも思っています。

 

井戸端会議で、もしくはグループラインで、そんな話になった時は、この話題は大丈夫そう、という時以外は話には入りません。大変ニュートラルな気持ちでそこにいます。「この話は私は入らんほうがお互いの為にイイね。」と思ってただ聞いています。そういった話を興味をもって好意的に聞いてくれる人って大体何人かいますから。そういう人にお任せします。自分がジャッジしなければ私は嫌な気持ちにはならないのです。他の人が他の人の了見でジャッジすることにイラっとすることはないのです。そういう考えもあるよね~。と思うだけです。

 

そういう考えもあるよね~。とは思いますが、私には私の確固たる信念があります。以前は、こういった相談をしてきた人に、その私の信念をお話したりしていましたが、そんなもん、その人は要らんかったのです。それに気づき、ボーダーをキッチリ引くようになってから、相談されることによるストレスは、ほぼなくなりました。

 

ボーダーを引くといってもその人の全人格を否定するわけではありません。

この件に関しては、私は関われないよ。というだけです。

「あなたのことは好き。これからも一緒に飲みに行こう。でもこの件は関われない。」

とてもクリアな考えなのですが、あまり口には出せないのが現状です。言っても理解してもらえない事が多いので。一つ否定されると全部を否定されたと思って落ち込む人がとても多いからなあ。。。

 

でも、これからは敢えて口に出そうかな。と思います。

 

 縁あって繋がった私の大切な周りの人達と「これはボーダーあり事案!」って言い合えるような関係を構築していきたいからです。お互いそれぞれ「この話題は苦手」「これは大丈夫」「ここは突っ込んで欲しくない」「そんな話ならとことん付き合います!」とか得意分野、苦手分野があるはずだから。

 

「おっと、それはボーダー有り事案です!」って旗を上げたら「おー、そうかそうか。じゃやめとこ。」ってフツーになれたらイイなあと。

 

それは相手を尊重しあえる縛りのない風通しの良い空間なんじゃないかなーと夢想しています。

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